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『他人(ひと)の痛み』について考える。
自動車は、私の青春時代(80年代)と比べると格段に性能が良くなって、安全性も高くなった。エアバック、ABS、ボディ構造などなどで、少々乱暴な運転をしようが、何かにぶつかろうが運転者の安全は守られる。
まず守られるのは運転者。

福岡では、何年か前に飲酒運転の車が事故を起こし3人の子どもが亡くなるという事故が起き飲酒運転が社会問題になったが飲酒運転の検挙者は減って無いと聞く。

事故を起こしたときに、その衝撃が直接運転者に来るとしたら(歩行者と同じように運転手も怪我を負うとしたら)乱暴な運転や飲酒運転をするだろうか?
あまり考えたくないが、自分が痛まないことで凶器を操作しているという緊張感を鈍らせてはいないか?

案外、軽トラのようにフレームが弱く運転者が車の前面に居るような構造のほうが安全運転で事故が減るんではないか。と思ったりする。

いまだに原発推進している人達は、福島の事故でつらい思いをしている人の痛みを我がことのように考えられないのか?自分たちが安全だから問題ないのか?
『他人の痛みを感じる』という感情は人にしかないらしい。思いやれない人は人ではないということだ。


徒然 | 【2011-11-22(Tue) 17:40:54】 | Trackback:(0) | Comments:(2)
コメント

nanayaさん こんにちは。

米とさつま芋の収穫がやっと終わりました。家の中は、米と芋でいっぱいです。嫁に「どこで寝るんね、片付けて!」と言われるもこればかりは・・・

社会性って親というより近所のやかましいオヤジに教えられるみたいな所もありますよね。

nanayaさんのツイート読ませてもらってます。ちょっと過激!と思うときもありますが、いろんな面で曲がり角に来てるんでしょうね。自然災害や金融危機・・・
色々考えたこともありましたが、いい意味であきらめました。
『もし、あした地球が滅びようとも、今日わたしはリンゴの木を植える』の心境で暮らせればと思っています。
2011-11-25 金 20:30:17 | URL | こちあか #EmGmBmaw [ 編集]

こちあかさん、こんにちは。

獲り入れの後片付けは終わりましたか?

「人の痛みについて」思い出したことがあります。
息子がまだ小さい頃、転んだりぶつけたりした時に「大丈夫、大丈夫、たいしたことないよ、あはは・・・」というように言っていました。我慢強い子に育ってという親心でもあったのですが、それを見ていた私の母親が「そんな育て方をしていると、他人の痛みを笑う子に育つかもしれないよ」と言ったのです。
よかれと思ってもそれはたった一人の考え、他の人から見たら異なる見方ができる。母から意見されたことで、子育てにはこうした複数の目が必要だと、その時気がつきました。

他人の痛みを知るというのは難しいことと思います。生まれ持ったものもあるでしょうし、育っていく過程で経験する事に対して、周りの大人がどう向き合うかでも決まるのでしょう。

車社会で育った子供は、車の中という狭い空間で大人と会話するだけなので、社会性が身に付きにくいだろうし、他人の痛みを想像することなどもっと難しいだろう・・・と、こちあかさんのエントリーを読んで私も考えたところです。
2011-11-24 木 12:53:19 | URL | nanaya #mQop/nM. [ 編集]
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プロフィール

こちあか編集部

Author:こちあか編集部
にわか百姓です。
借りた田んぼと畑で少しばかりの米と豆と芋を作っています。食育や環境問題の講演会やセミナーの手伝いもしてます。貧乏暇なしです。

今、興味のあることは、NPOバンクと地域通貨。
今みたいに、あくせく働かなくても、みんな豊かに暮らしていた時代があったことを思い出しましょう。
なんで、こんなに働いているのに、生活が苦しいのか、ちょっと立ち止まって考えてみませんか?

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